紅いジュータン 猪苗代ハーブガーデンのコキア

福島県猪苗代町の「猪苗代ハーブガーデン」のコキアが、すっかり紅葉しました。
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広い畑のコキアが、紅くなり、紅いジュータンをしいたようにきれいです。
花壇の方のコキアも、鮮やかな紅できれいです。
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ここ数日の寒さで、紅葉が進みました。
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「トトロ」の形のコキアがあるということですが、これでしょうか。
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コキアのとなりには、遅咲きのコスモスが咲き始めています。
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花壇の中には、ハロウィンの人形や飾りがあって、お化け?の雰囲気が出ています。
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小菊も咲き始めました。
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もうすぐ満開になりそうです。
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9月から咲いているダリアは、まだまだ元気に咲いています。
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つぼみがたくさんあります。
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ダリア園といってもいいくらい、みごとです。
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猪苗代ハーブガーデンは、10月末までは、通常営業しています。
温室では、ブーゲンビリアがきれいです。
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平地の紅葉は、まだちょっと早いので、ハーブガーデンで秋の花を楽しむのは、どうでしょうか。
ホテルリステル猪苗代でも、イベント開催中です。

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裏磐梯五色沼周辺 紅葉色づきはじめ

福島県の裏磐梯あたりは、紅葉が進んでいます。
2018年10月18日、裏磐梯五色沼の毘沙門沼の紅葉です。
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毘沙門沼の湖畔で、磐梯山が見えるところに、大きなモミジの木が数本あります。
半分ぐらい赤くなっていますが、緑の葉も多く、木全体が赤く色づくのは、1・2週間先のようです。
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晴れていれば、磐梯山も見えます。
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モミジの木に日光が当たるのを見るためには、日中より朝の方がいいです。
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五色沼は、標高約800mで、同じぐらいの高さで湖が並んでいます。
遊歩道がありますが、標高差があまりないので、紅葉の進み具合は、同じです。

桧原湖の南側を通って、道の駅裏磐梯に行きました。
ここは、2階に展望室があって、桧原湖と、その奥の吾妻連峰が見えます。
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桧原湖の湖畔の紅葉は、五色沼と同じぐらいです。
吾妻連峰の標高1000m以上の所は、赤く見えています。
グランデコスキー場の上の方は、紅葉が進んでいます。

桧原湖の湖畔から、磐梯山ゴールドラインに入りました。
黄色、茶色の葉が多い林の中を進んでいくと、磐梯山の山頂が近く見える、「こがね平駐車場」があります。
ここは、標高約1100mで、木全体が黄色になっています。
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ここから上は、葉が散り始めています。
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この先、「八方台」が、磐梯山ゴールドラインの最高地点で、磐梯山の登山口があり、駐車場があります。
八方台を通過して、下り始めると、アルツ磐梯スキー場のエリアに入ります。
何か所か、駐車場があります。
「滑滝展望台」は、標高約950mです。葉が黄色くなっているのは、半分ぐらいです。
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磐梯山の上の方は、色づきが進んでいます。
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かんたんに焼けてアレンジいろいろ そば粉ガレット

そば粉を使った、ガレットを作りました。
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材料
①ガレット
そば粉  50g
牛乳  50g
水  50g ・・・ここまで同量
卵  1個
塩  少々
②ツナマヨ
ツナ缶
マヨネーズ
③ジャガイモ炒め
ジャガイモ  1個
オリーブオイル  少々
塩  こしょう

作り方(ツナマヨ)
①ツナ缶を開けて、水または油をすてる。
②マヨネーズを入れてまぜる。マヨネーズの量は、お好みで。
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作り方(ジャガイモ炒め)
①ジャガイモを千切りにする。
②フライパンを温め、オリーブオイルを入れて、ジャガイモを炒める。
③ジャガイモが透き通ったら、塩、こしょうを入れる。
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作り方(ガレット)
①ボールに、そば粉、牛乳、水、卵、塩を入れてまぜる。
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②温めたフライパンに、生地を入れて、薄く広げる。
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③中火で、1分ぐらいで焼けるので、具をのせる。
④まわりを折りたたむ。(中に、ツナマヨ)
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⑤具が見えるようにしてもよい。(ジャガイモ炒め+とけるチーズ)
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ガレットは、そばの味がして、ねばりがあっておいしいです。
小麦粉のクレープより、味わいがあります。
そば粉50gで、2枚焼けましたが、2枚で1人分ぐらいです。
生地は、どろっとしているので、薄くならずに焼けました。もう少し薄くするためには、卵を少なくするといいと思います。
中の具は、ハムとか、甘い果物とか、何でも合いそうで、アレンジがいろいろできそうです。

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奥の松 すっきりのどごしよい「特別純米生酒 巧」

福島県二本松市の、特別純米生酒を紹介します。

蔵元:奥の松酒造
「特別純米生酒 巧」720ml
麹米:国産米
掛米:国産米
精米歩合:60%
アルコール度数:15%
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購入先:リオンドール猪苗代店 1200円
感想:香りがよく、すっきりしていてのどごしがよい。
辛くない、酸味も強くない。

この「巧」は、ネット上に情報がありません。
奥の松酒造のサイトにも、データがありません。
でも、スーパーで売っています。どんな売り方をしているのでしょうか。
奥の松酒造の日本酒は、いろいろな銘柄がありますが、全体的に安くておいしいです。

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会津領主・藩主⑧ 保科正之の時代

寛永20年(1643年)加藤明成は、会津・白河など40万石を幕府に返上します。
その後、保科正之(ほしなまさゆき)が、最上(山形)20万石から、3万石加増されて会津23万石に入ります。
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保科正之は、徳川2代将軍秀忠の第4子として生まれました。
母親のお志津は、秀忠の側近くで召し使えられた女でした。
お志津は、隠密に出産しますが、秀忠は、その子を幸松と名付け、見性院(けんしょういん)に預けます。
元和3年(1617年)、7歳になった幸松は、信州高遠(たかとう)城主の保科正光(ほしなまさみつ)の養子になります。
寛永8年(1631年)、保科正光が亡くなり、保科正之が、高遠3万石を相続します。
寛永13年(1636年)、正之は、将軍徳川家光の命により、出羽国村山郡最上20万石に転封になります。
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寛永20年(1643年)、会津に転封になったときには、高遠から従ってきた家臣たちも会津に入ります。
「高遠そば」は、この時代の名残です。

保科正之が会津に入ったとき、会津の南側に幕府の直轄領がありました。
会津では、この地方を城下の南に連なる山々ということで、南山とよんでいて、この地の年貢は、幕府の蔵に納めるので、南山御蔵入領(おくらいりりょう)といいました。
幕府の直轄地ではありましたが、実際の施政は、会津藩にまかせ、その年貢だけを受け取っていました。このため、会津藩の実質支配領は、28万石を超えていました。
この支配は、幕末の文久3年(1863年)まで続きます。
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正之は、将軍徳川家光の弟です。家光は、正之に、幼い跡継ぎ、家綱のことを頼みます。
承応2年(1653年)、正之は、将軍家綱の名代として上洛し、以降、江戸に常駐して家綱の補佐役を務めます。

寛永20年(1643年)に、会津に入った正之は、4ヶ月間で、若松城下や領内各地を見回って、領内の様子をつかみます。
その後は、江戸から、家老たちに、指示、命令を出していきます。
慶安2年(1649年)、大町を起点とする五街道を幕府に報告しています。
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今も国道、県道の起点になっています。
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道路元標があります。
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寛文8年(1668年)、「家訓十五ヵ条」(かきん)を制定しています。
これが、この後、会津藩の大義になっていきます。
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一、大君の義、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以て自ら処るべからず。若し二心を懐かば、則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず。
ここで、将軍家への忠勤を明文化しています。これが、幕末にかかわってきます。
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寛文12年(1672年)、正之は、病気で亡くなります。
生前に定めておいた猪苗代の美祢(みね)に埋葬され、土津神社(はにつじんじゃ)として祭られています。
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大きな碑石があります。
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正之の墓は、猪苗代にありますが、この後の松平家の墓は、会津若松にあります。
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松平氏の時代へ つづく

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