オープン予定でしたが、積雪なし「猫魔スキー場」

12月1日オープンの予定だった猫魔スキー場の状況をお知らせします。
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福島県北塩原村の「星野リゾート猫魔スキー場」は、裏磐梯の北向き斜面で、雪が積もりやすく、標高が高いので、福島県内で最も積雪が早いスキー場です。
今シーズンは、12月1日にオープンの予定でしたが、積雪がなく、延期になっています。

11月27日に、シーズン券の受け取りに行ってきました。
センターハウスや駐車場は、こんな様子です。
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ゲレンデは、コースの上の方は、白くなっていますが、下の方は、この通りです。
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レストハウスも、準備はできているようで、あとは、雪が降るのを待っている状態です。
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11月30日には、少し雪が降ったようですが、12月3日以降、気温が上がる予想なので、まだ、オープン予定は決まってないということです。
いつ決まりますか、と聞いてみました。
原則、週末オープンということで、3日前には判断するそうです。
12月8日にオープンするかどうかは、12月5日に判断ということです。
会津地方の天気予報を見ると、12月8日ごろから寒波襲来ということで、12月8日に十分な積雪があるかどうかは、微妙なところです。

チケットは、webで買える「シーズン前早割○日券」がお勧めです。

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青魚をおいしく カリカリ煮干し

だし用の煮干しを使って、カリカリ煮干しを作りました。
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最近、「ためしてガッ○ン」で、青魚を食べるとよいという話題が続きました。
番組では、缶詰が食べやすくてよいと言っていましたが、おやつ、おつまみとして食べるために、カリカリ煮干しを作ってみました。

材料
煮干し(5~6cm)  20g
砂糖  大さじ1
水  小さじ1/2
しょうゆ  小さじ1/2
白ごま  小さじ1

作り方①
①皿にキッチンペーパー(給水する紙)2枚を重ねてしき、煮干しを広げてのせ、電子レンジ600Wで2分加熱する。
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②フライパンに、砂糖と水を入れ、火にかける。
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③泡が出て、どろっとしたら、しょうゆを加える。
④煮干しを入れて、木べらなどで、混ぜる。
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⑤べたべたが固まってきたら、白ごまを入れる。
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⑥弱火にして、べたべた感がなくなったら、完成。
⑦キッチンペーパーに広げて、冷ます。
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作り方②
だし用のやや大きい煮干し(7~8cm)を使いました。値段が安いです。
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作り方①と同じ方法で、煮干しも、調味料も2倍でやってみました。
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ほぼ同じ味で、おいしくできました。

しょうゆが少なくて、ちょうどいい味です。
酒のつまみや、おやつにお勧めです。
市販のおつまみ小魚の値段は、高いです。煮干しから作れば、だいぶ安くできます。
試してみましょう。

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すっきりのどごしよい「千功成 純米吟醸」

福島県二本松市の、檜物屋酒造店(ひものや)「千功成 純米吟醸」を紹介します。

蔵元:檜物屋酒造店
「千功成 純米吟醸」720ml
麹米:国産米
掛米:五百万石
精米歩合:50%
日本酒度:+2.0
アルコール度数:16.0~17.0%
酸度:1.5
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購入先:中合百貨店 1858円
感想:すっきりしていて、のどごしよい。
香りがよくて、こくがある。
甘味があるが、べたべたした感じはない。

千功成は、二本松市以外では、あまり売っていません。

こちらで売っています↓

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会津藩その後④ 山川兄弟

1868年(慶応4年)8月26日、
会津戦争で若松城が新政府軍に包囲されている中、日光口(鬼怒川方面)から引き上げてきたのが、家老山川大蔵(やまかわおおくら)です。
山川は、農民から太鼓を借り、兵たちに、会津の俗謡「彼岸獅子」のはやしをうたわせました。
新政府軍が、これをながめてる間に、まんまと若松城に入城しました。
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山川大蔵は、会津藩国家老山川重固の息子で、1860年(万延元年)、父の死去により家督を相続しています。
若松城に戻り、籠城中は防衛総督として勇戦しますが、妻トセを爆撃で亡くしています。
戦後は、禁固謹慎に処せられますが、山川浩(やまかわひろし)と改名し、1870年(明治3年)には松平容大と伴に斗南藩に移り、大参事に就きます。
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廃藩置県後は青森県に出仕します。
1873年(明治6年)に、陸軍に入り、同年陸軍少佐として熊本鎮台に移ります。
1874年(明治7年)には、佐賀の乱で左腕に重傷を負うものの、中佐に昇進します。
1877年(明治10年)、西南戦争では、陸軍中佐征討軍団参謀として出征し、熊本城への入城に成功します。西南戦争を「会津藩名誉回復の戦争」と捉えていました。
1880年(明治13年)には、陸軍大佐に進級しています。
1886年(明治19年)には、高等師範学校の校長に任じられています。
1890年(明治23年)には、貴族院議員に勅選されています。
1898年(明治31年)2月4日病死しています。

山川健次郎(やまかわけんじろう)は、山川重固の三男で、山川大蔵(浩)の9歳下の弟です。
会津戦争の時は、白虎隊に編入されましたが、若くて出陣しませんでした。
戦後、謹慎先を脱出し、長州藩士奥平謙輔の書生となります。
1871年(明治4年)、アメリカへの国費留学生に選抜されジャパン号で渡米し、イェール大学で物理学の学位を取得して帰国します。
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1879年(明治12年)、日本人として初の物理学教授になります。
1901年(明治34年)、48歳で東京帝国大学総長となります。
1904年(明治37年)、貴族院勅選議員になります。
1911年(明治44年)、九州帝国大学の初代総長となります。
1913年(大正2年)、再び東京帝国大学の総長となります。
1931年(昭和6年)、6月26日病死しています。 

明治の世で、活躍した会津人の兄弟2人です。

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幾多の歴史をみつめた名城 白河小峰城

福島県白河市の小峰城を紹介します。
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小峰城(こみねじょう)は、14世紀、結城氏が白河に城を構えたのが始まりです。
寛永4年(1627年)に初代白河藩主となった丹羽長重が、大改修を行い、現代につながる白河の町の基礎ができあがりました。
JR東北本線白河駅のすぐ近くに、城の入口があります。
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広い駐車場があるので、車で行くのにも便利です。
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戊辰戦争の時は、東北の入口、白河口の戦いが壮絶でした。
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門や櫓(やぐら)、堀などが、保存されています。
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駐車場から入ると、二ノ丸跡が、広場になっています。
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表門に向かって進んでいきます。
堀と、きれいな石垣が見えます。
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清水門は、石垣だけになっています。
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上っていくと、前御門があります。
石垣の上に門櫓をわたした形です。
平成6年に、木造で復元されました。
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本丸跡まで上ると、三重櫓があります。
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三重櫓(さんじゅうやぐら)は、三層三階の櫓で、貯蔵庫、防御、天守閣の機能をもった建物です。
戊辰戦争で焼失しましたが、発掘調査した土台や、絵図を元に、平成3年に、木造で復元されました。
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櫓の中に入ってみましょう。
入館料はかかりません。
展示資料などは、ほとんどなく、建物の構造が分かるようになっています。
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太い柱や梁が、みごとです。
上階への階段は、急です。当時は、大変だったでしょう。
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壁や床から外の敵が見えるようになっています。
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白河は、戊辰戦争の激戦地でした。その戦場にあった稲荷山の杉の大木を城の復元用材として利用した際、鉄砲の鉛玉や弾傷が発見されましたが、そのまま加工されました。
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三階には、大きな窓は、ありませんが、城下を見下ろすことができます。
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江戸時代に築かれた石垣の美しさと、端正な三重櫓の佇まい、伝統の技が息づく造形の織りなす名城に、行ってみませんか。

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