みんなで遠足!この地をふみしめる③ やま編 磐梯山・五色沼

福島県猪苗代町の「はじまりの美術館」のイベント「みんなで遠足!この地をふみしめる」に参加しました。
3回目は、7月6日 やま編「磐梯山・五色沼をふみしめる」です。
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北塩原村の磐梯山噴火記念館に集合し、館長 佐藤公さんに案内していただきました。

当日の参加者は、12人で、女の人が多かったです。
まず、磐梯山噴火記念館の研修室で、館長の佐藤さんから、磐梯山についての説明がありました。
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1888年(明治21年)の噴火と、その後の復興について、詳しく説明してもらいました。
話の内容のほとんどは、噴火記念館の展示資料になっています。
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1時間ぐらい話を聞いてから、ウォーキングに出かけました。
主催者側の乗用車3台に分乗して、運転、案内をしてもらいました。
初めは、「れんげ沼」です。
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ここは、桧原湖の近くで、1888年の噴火でできた流れ山の先端に近い所です。
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佐藤さんから、絵や地図を使って、説明してもらいました。
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流れ山(小さい山)が、たくさんある様子は、地質図にも現れています。
また、この辺りは、噴火の土砂に、自然に植物が生えたところで、植生としては、若い林だということでした。
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磐梯山は、残念ながら、上半分が雲の中でした。
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沼の水面には、水草がたくさんあります。

車で移動して、次は、「毘沙門沼」です。
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駐車場の入口にある、日本赤十字社の石碑の説明がありました。
噴火の後の救護に、日本赤十字社がかかわったということですが、救護所があったのは、猪苗代町だったそうです。
毘沙門沼の入口に石碑があるのは、宣伝のため?
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毘沙門沼は、五色沼湖沼群の一つです。
ジオパークになったときの案内板がありますが、近いうちに、見やすい内容に変えるということです。
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土曜日と言うことで、観光客は、たくさんいました。
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NHK「ブラタモリ」のロケ地から、磐梯山を見ましたが、やはり、雲の中でした。
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五色沼の辺りは、噴火の復興事業で、アカマツを植林したところです。
苗が根付くように、3本一緒に植えたと言うことで、3本とも成長した木があります。

3か所目は、「弥六沼」です。
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磐梯山の噴火による岩なだれで、川がせき止められ、多くの湖沼ができたのですが、その数は、300とも言われています。
名前が付いている湖沼がたくさんありますが、人の名前が付いているのは、この「弥六沼」だけです。
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復興事業の植林を成功させる上で功績のあった林学博士「中村弥六」から採っています。
この沼は、そのほとりが、きれいに整備されています。
植えられたニッコウキスゲでしょうか、沼と磐梯山を背景にきれいに咲いています。
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この弥六沼は、裏磐梯高原ホテルの庭(私有地)なのだそうです。
客室から見える、弥六沼と磐梯山の景色を売りにしているようで、
宿泊客以外は、沼には、近づけないようです。
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この場所は、中村弥六の指導の下、植林事業に関わった遠藤現夢や宮森太佐衛門の別荘があった所です。
復興の植林が始まってから50年、1958年(昭和33年)に開業した裏磐梯高原ホテルは、裏磐梯開発の草分けとなりました。

火山が専門の佐藤さんから、磐梯山や湖沼のことをいろいろ教えていただき、おもしろかったです。
裏磐梯の観光開発の歴史も、分かりました。
関係者のみなさん、ありがとうございました。
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