400年続く会津張り子① 赤べこ

福島県会津地方に伝わる張り子を紹介します。
1回目は、「赤べこ」です。
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4月から6月まで、福島県立博物館の常設展のポイント展示のコーナーで、「郷土玩具で旅するニッポン」という展示を行っています。
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日本各地の郷土玩具を展示していて、いろいろな玩具を見比べることができます。
福島県内の郷土玩具の紹介もありました。
その中から、会津地方の玩具について紹介します。

会津地方に伝わる玩具は、いくつかありますが、伝統を受け継いで、今でも作られているのが、「会津張り子」です。
「会津張り子」の起こりは400年程前。
豊臣秀吉に仕えた蒲生氏郷(がもううじさと)が、若松城の領主になったとき、会津の文化、経済、産業の礎を築く為、京都から人形師を招き下級武士達に技術を習得させ、生活の糧としたことに始まります。
会津張り子の多くは赤色を基調に彩色され、開運や魔除け、五穀豊穣や商売繁盛を祈願されて作られた、縁起の良い置物です。
①赤べこ
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②天神様
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③起き上がり小坊師
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3つとも、伝統を受け継いで、今でも作られています。

赤べこについて、詳しく紹介します。
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赤べこの始まり
会津をはじめ、東北地方では「牛」のことを「ベコ」とよびます。
今から約600年前、柳津虚空蔵尊(やないづこくぞうそん)「圓蔵寺(えんぞうじ)」を造るとき、工事が進まず、困っていたところ、どこからともなく赤い牛があらわれ、一生懸命働いて工事を助け、やっと完成したと言われています。
このようなことから、「幸せを運ぶ牛」「幸運の牛」として多くの人に愛されるようになりました。

もう一説は、
1611年に会津地方を襲った大地震で虚空蔵堂をはじめ僧舎・民家が倒壊し柳津町も大被害を受けました。
震災後の1617年に初めて虚空藏堂(本堂)は現在の厳上に建てられましたが、本堂再建のため大材を厳上に運ぶのに大変困り果てていたところ、仏のお導きか、どこからともなく力強そうな赤毛の牛の群れが現れ、大材運搬に苦労していた黒毛の牛を助け、見事虚空蔵堂(本堂)を建てることができたのです。
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きっかけになった工事に、年代のずれがありますが、牛が工事を助けたという共通の伝説です。
共通しているのが、柳津虚空蔵尊で、柳津町が、赤べこ発祥の地になっています。

そして、もう一つの赤べこ伝説は、張り子の赤べこの柄です。
昔、会津地方で悪性の疱瘡(ほうそう)が流行したときに、病気の子供に赤べこを贈ったところ、たちまち快癒したといいます。
「赤色には強い呪術力があり、悪い病気を退散させる」という民間信仰があります。
赤い体にある、黒と白の丸は、疱瘡の跡を表しているとも言われています。
そんな歴史から赤べこは、疾病よけの信仰玩具として珍重されるようになり、現在でも縁起をかついで、子供の誕生祝いや病気見舞いとして贈る人も多いです。

今年は、コロナウイルス流行で、この疾病よけの信仰が脚光を浴びています。
赤べこ関連グッズだけでなく、アマビエとセットにした商品も出ています。
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お菓子や、グッズを作るアイディア、技術は、進歩していますが、張り子の赤べこを作る技術は、昔とあまり変わっていないようです。
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県立博物館には、赤べこの型枠も展示されていました。
木の型だけでなく、昔は、陶器の型もあったようです。
野沢民芸のホームページを見ると、手作業の伝統を守っている様子が分かります。
この素晴らしい伝統と技を続けて欲しいです。

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